テニスクラブのContrast 〜治療は優しく?医務室の対比。〜

今日も今日とて、少女達は
プリンステニスクラブに向かっていた。

「もー、嫌やー。またあのキング・オブ・俺様の面を拝まなアカン。」

バリバリ関西弁で後ろから撲殺されても文句は言えないことを
公言しているのはご存知、さんだ。

「よくもまぁ毎日毎日飽きずに文句言ってられるわね。」

冷静にそして呆れたように言うのはその友人、さんである。

「しゃあないやん、ホンマ跡部のにーちゃんはひどいねんって。
こないだかて人が一生懸命やってるとこに
どこまで間抜けだの鼠でももっとマシな動きするだの
ボロカスやねんで!しかも蹴られるし。」
「だったら、この本使ってみる?」
「アンタ、またそんなモン()うたんか…」
「何かの役に立つかと思って。」
「何のやねん!」

しょっぱなから何だか微妙に不安要素を含んだ会話だが、
そこは深く考えないで話を進めることにする。



さて、突然であるが、誰でもスポーツをやってる最中に
怪我しちゃう時はしちゃうもんである。
例え本人が気をつけてようがコーチが口を酸っぱくして注意を促そうが、
不測の事態は人類の脳味噌の及ぶ所ではない。

しかしながらその不測の事態が対比を引き起こしたりするので
世の中ってのはまったくもって不思議である。

さんの場合』

さんはその時いつものようにメインコーチである
千石清純氏に付きまとわれ…もとい、指導されてレッスン中だった。

「すっごく上手になったねぇ、ちゃん。」
「どうも。」
「うんうん、これも俺の指導がいいおかげだね。」

千石氏には悪いが、さんとしては違うとは言わんが
そうだとも言いかねる。
実際、(はた)でサブコーチの神尾氏がよく言うぜ、と呟いて
ため息を吐いている。
リズムリズムうるさいながらも気苦労の耐えない青年は最近
すぐ調子に乗る仕事仲間に直接突っ込むのも面倒な心境らしい。

「そんなことはどうでもいいんで、次お願いします。」

神尾氏の心境も一応汲み取ってさんは得意満面の
メインコーチの台詞を一蹴する。
一方ではそんなぁ、とがっかりする千石氏がいるわけで、
さんはまとわりつくコーチから距離をとるべく歩みだす。
まぁこの辺までは本当にいつもの通りの光景だったのだが、
今日に限ってあまり足元をちゃんと見てなかったのは不幸だった。

「あっおい、、危ねぇっ。」

神尾氏が声を上げる。
が、残念ながらちょっと遅かった。

 ズルッ ドサッ

転がっていたテニスボールをモロに踏んでさんは思い切り転んでしまった。

「い、たぁ〜。」

本人以上に動揺したのは千石氏である。

ちゃん、大丈夫っ?!」

大変な高速でぶっ飛んできて手を貸そうとなんぞしている。
さんは大丈夫です、とは言うもののはずみで地面についた手を
擦ってしまったもんだから痛みで顔をしかめる。
しかもダメージは手だけではないらしい、何か足も痛かった。
ひょっとしたら変にひねったかもしれない。
で、勿論お気に入りの生徒のそんな様子を見逃す千石清純氏ではなかった。

ちゃん、足やられたみたいだね。」
「え、あの、」
「こりゃぁ今日はレッスン続行は無理っスね。」

自分を挟んで会話するメインコーチとサブコーチにさんはオロオロする。
出来ればあまりこの2人に手間をかけたくないのだが。

「さ、それじゃあちゃん。」

千石氏が言った。

「とりあえず医務室に行こっか。」

さんが動揺している間に話は決まってしまい、
少女は千石氏に肩を貸りて医務室まで連れて行かれる格好になった。
そして心なしか千石氏の姿に『2人きりになれてラッキー☆』的な
オーラを感じて内心でちょっとため息をついたのだった。

さんの場合』

さんより遅い頃合。
クラブに来るまでに撲殺されかねない発言をしていたさんは
今日も今日とて受難のレッスンだった。

「ほぉ、やっと形になってきたか、ボケの癖に。」

相変わらずメインコーチの跡部氏は言うことがえげつない。
さんは例によってボソリとやかましわ、と呟くが
きっちりバレて跡部氏に頭をはたかれる。
横でサブコーチの忍足氏がやれやれと頭を振ってるのも最早お約束だ。

「跡部、お前ええ加減にしたれや。」
「ハン、今更こんな程度で凹むガキでもねぇだろ。」
「誰やこんなん採用した奴。」
「何か言ったか、?」
「んにゃ、別に。」

またはたかれる(もしくは蹴られる)のはたまらんのでさんはとぼけてみる。
しかしこれまたお約束どおり見逃す跡部氏ではないから事はややこしい。
顔だけ笑ってて目だけ笑ってない状態でジリジリ少女を追い詰めるので
当のさん本人はこれまた背中に妙は気配を感じつつも
振り向かずにジリジリと逃げる格好になる。
が、何せ受難者上等の彼女なので即刻不幸は起こった。

 ガッ ドタッ ザリリリッ

何か嫌な音が3つ連続で発生したかと思えば、
すぐにさんのイデーッという叫びが上がった。

一応上記の音が何なのか説明した方がいいだろうか。
一つ目はさんが何もないところでスニーカーの爪先を引っ掛けた音、
二つ目は爪先を引っ掛けた直後に地面にぶっ倒れた音、
三つ目はさんが膝を思い切り擦りむいた音である。

思いもかけず何もない所で(つまづ)いてしまった上に
固い地面で膝を思い切り擦りむくというのは精神的にも肉体的にもかなりの痛手である。

当然の如くさんは半泣きになった。

「痛ひ。」

痛みのせいか語尾もおかしい。
うわぁ、ハデにやったなぁってな顔で真っ先に駆けつけたのは
忍足氏である。

「大丈夫か、嬢ちゃん。」
「大丈夫です、多分。」
「多分て。」
「別に足が折れたんちゃうんですけど、傷がズキズキするんです。」

実際その通りで傷の痛みが引くまでさんの足はまともに動きそうにない。

「アカンな、一旦医務室行って消毒せんと。」

傷の様子を見ていた忍足氏が言う。

「まぁ歩かれへんことないやろけど念のため医務室まで俺が…」
「俺様が行く。」
「ハイーッ?!」

忍足氏を遮って跡部氏がいきなしとんでもないことをのたまったので
一瞬安心していたさんは声を上げた。

「うるせぇぞ、バカ。くだんねぇことで騒音立てんじゃねぇよ。
 怪我するてめぇの間抜け度が高すぎんだろが。」

さんとしてはくだらんことではないのだが当然向こうには通じやしない。
何が悲しくてキング・オブ・俺様コーチに同行されねばならんのか。
さん個人の意見では考えただけで傷に障る。

が、言うまでもなくささやかな抵抗は打ち砕かれて、
さんはキング・オブ・俺様に医務室まで強制連行されることとなったのだった。


対比は完璧にお約束なのであるが、医務室に連れて行かれるだけで
こうもはっきりするものなのか。
まぁとりあえずは2人の少女の様子を静かに見守るとしよう。




さんの場合』

何故だかご機嫌の千石氏に連れられてさんは医務室に来た。
普通ならここでドアを開けたら医務室に専属の人がいて
中に入ったら手当てはその人に任せることになる。
勿論さんも医務室で自分が手当てを受けてる横で
千石氏がやたら心配そうにソワソワしたり人前で
阿呆な言動をしたりしてかなり恥ずかしい思いをすることを覚悟していた。
ところが、

「ありゃ。」

さんに肩を貸してた千石氏が言った。

「先生いないみたいですね。」

さんが後の言葉を補足する。
目の前のドアにはスタッフの在室状況を示す札があって
現在スタッフがどっか行ってていないことを明示している。
この場合、先生が1人しか居ない学校の保健室じゃあるまいし
スタッフが出払ってて誰も居ないなんて阿呆な事態が
現実的にあるのかとか何とか細かいことを突っ込んではいけない。

ともあれ怪我人がいる現状においてよろしくない。

「うーん、困ったなぁ。」

千石氏が頭をポリポリかきむしる。

「あの、何だったら私1人で帰って自分で医者に行きますけど。」

さんは言うが千石氏は、そんな訳に行かないでしょと
あっさり却下する。まぁこの場合は千石氏の言うとおりであろう。

「そーなると、うーん…しょうがないよね。」
「しょうがないって、コーチまさか…」

そのまさかだった。
さんが言い終わらないうちに

「失礼しまーす。」

千石氏はドアを開けてさんと一緒に中に入ってしまった。
勿論困惑するのはさんだ、誰も居ない医務室でコーチと2人っきりなんて
―それも相手が千石氏だ―気恥ずかしいにも程がある。
一方の千石氏はというと、さんをさっさと椅子に座らせて
自分は薬棚を漁り始める。

「あっちゃぁ困ったなぁ、どこに何があるんだかわかんないよ。」

とりあえず彼の言ってることと醸し出しているルンルンとした雰囲気が
一致しないことについてさんは気がつかなかった振りをすることにした。

果たしてこの人に応急処置を任せて大丈夫なんだろうか。

座らされた椅子の上でこっそりとため息をつくさんだった。


さんの場合』

さんが(不本意ながら)跡部氏に連れられて医務室にやってきたのは
その友が千石氏とやりとりしながら応急処置を受け終えて立ち去った後である。
(つまりこの辺りの話はかなりの時間の開きがあるので
そこの所を念頭においてもらいたい)

「ったく、ボケのおかげで余分な仕事が増えたぜ。」
「はぁ、すんまへん。」

さんは一応謝っておくが気の抜けた言い方からもわかるように
実際のところは
『だったら自分が連れてくって言わんかったらええやないか。』
と思っている。
それに考えてみればさんの場合、傷が痛むのは確かだが
自分で歩けるから別に俺様コーチにわざわざ付き添われんでもいいのである。
それなのに跡部氏は勝手に自分が付き添うと言っておいて
文句を垂れているんだから困ったもんだ。

で、何の運命の悪戯か

「あんだ、誰もいないのかよ。」
「らしーですね。」

医務室のドア、不在の表示が目に染みる。
1日に2度も医務室のスタッフがおらんという状況がありうるかどうかについて
深く追求してはいけないのは所謂お約束である。

「とりあえず入るぞ。」
「え?」

さんは怪訝な顔をするが跡部氏はまったく構う様子がない。
ええんかいな(いいのかな)、と思いながらもさんは
医務室に引っ張り込まれてしまった。

「チッ、マジで誰もいねぇな。」

入って早速跡部氏は医務室にスタッフがいないことについて苦言を呈した。

「何の為の医務室なんだ、ったく、役に立たねぇ。」

これがスタッフのいる時だったら間違いなくニッコリ笑って
猫を被っているだろうからさんの背中に寒気が走る。

このにーちゃん、結婚詐欺なんか余裕ちゃうやろか。

「おい、。」
「は、はいっ。」

跡部氏に呼ばれてさんはかなりビビッた。
言ったらえらい目に遭いそうなことを考えてたんだから当然である。

「突っ立ってないで消毒液探すの手伝え。」

はい、と返事したもののさんは内心気乗りしない。
一応歩けるといえど、足の傷はまだズキズキしてて
出来ればあまり動きたくないのだ。
他の人だったら同じことを言われても全然気にならないのに跡部氏だと
大変に違う気分になる。
とは言うものの、相手がこれでは生徒に対する気遣いなど
期待するだけ無駄なのでさんは渋々手伝い始めたのだった。

どさくさにまぎれて跡部氏の足に薬瓶を落としてもいいかどうか考えながら。


いきなり2人のコーチの対応の仕方に差が開いてきた。
細かいところはこれからである。


さんの場合』

痛む足で跡部氏の命令に従い、消毒液を探していたさんは
やっとこさ傷の処置を受けようとしているところだった。
消毒液を発見したのは跡部氏で、さんはきっちり役立たずの烙印を押されている。

「さっさと座れ、ボケ。」

目的のものを探し出すのに時間がかかったせいか跡部氏はご機嫌斜めである。

「これ以上俺様に手間をかけさせんな。」

勝手に自ら付き添いにきといてこの言い分、
やっぱり当のさんとしては納得が行かない。
何でこんなことに、と思ってたらそのままうっかり言葉に出していた。
頭をはたかれる羽目になる。

「いらねぇこと言ってないでさっさと傷見せやがれ。」

言われたとおりにすれば次に来たのは傷口がアルコールで激しくしみる感覚である。

「ぴぎゃーっ。」

合掌する他あるまい、何せ跡部氏は消毒液を含ませた脱脂綿を
思い切りムギューッとさんの傷口に押し当てたのだ。
それでなくても傷口が痛かったさんにとっては拷問みたいなもんである。

「し、しみるー、痛いーっ。」
「ギャーピーうるせぇ、てめぇにゃ荒療治で丁度いいんだよ。」

のけぞってピクピクしているさんなど
まるっきり眼中にないかのように跡部氏はしれっとのたまう。
痛みに耐えかねてとうとう上半身を揺らしてたさんは
コーチの顔にうっすらと感じ悪い笑みが浮かんでるのを視認した。

こいつ絶対楽しんどる!

「あんだ、その面は。そんくらいで死にゃしねぇだろが。」

言う跡部氏はとても怪我した(軽いけど)生徒を気遣ってるようではない。

()うてた本、借りた方がええかな。

痛みに涙を浮かべながらさんは思ったのだった。


さんの場合』

さて、医務室にて千石氏が手当てに必要なものを探してる間、
椅子に座らされていたさんだったが
とうとうコーチが探し物を見つけたので今は応急処置を受けていた。
が、相手が千石氏なのでどこか態度が間違ってる節がある。

「大丈夫だよー、ちゃん。すぐに終わるからさっ。」

別に長くかかるとはさんだって思ってないが生徒が怪我してるってのに
この妙なルンルン振りはどう考えたって何かおかしい。

「いやぁ、何かいいよね。」
「いいって何が。」
「いや、生徒とコーチが2人っきりで医務室ってのが…」

その発言は正直突込みどころがありすぎる。
まかり間違えば誤解を招きかねない。
現にさんはかなり引いた。俗に言う『ドン引き』である。

「やだなぁ、ちゃん。別に何もしないって。
俺は単に学園漫画っぽくていいなぁって言いたかっただけで。」

それはそれでさんとしてはいい大人の言うことじゃない気がする。

「そうそう、漫画と言えば最近面白いのないかなー。」
「漫画は知りませんけど、面白いのならありますよ。」
「えっ、ホント。どんなの?!」

だからどうしてそう身を乗り出すの。

さんはちょっとため息をつく。

怪我してるのにちょっと疲れる。

「黒魔術の本です。」
「へぇ、そう…ってクロマジュツ?!」

瞬間、千石氏は声をあげた。まぁ無理もあるまい。
花の女子高生の口から黒魔術だなんて穏やかならん単語が出るとは
普通は思いもしないだろう。
一方のさんはケロリとしたものである。

「結構面白いですよ。呪いのかけ方がいっぱい載ってて。
 一遍試してみようかなって思うんですけど。」

一体誰に試すつもりなのか。
とんでもない発言に千石氏の動揺は激しくなった模様である。

「え、でもそれってちゃんが自分で買った訳じゃないよね?
 ちゃんに借りたとかだよね?」

額に汗を浮かべながら尋ねる千石氏の内心はおそらく、

頼むからちゃんの持ち物だって言って!

といったところだろう。

「自分のですよ。昨日買ったトコなんです。寝る前に読んでたんですけど。」

さんが答えた途端、千石氏が顔から一気に血の気が引いた。
アハハハと笑いを漏らしているが、完璧生気がない。

「よかったらコーチにもお貸ししましょうか。」
「い、いや、いいよ。俺は遠慮しとく…」

引きつったままの表情で答える千石氏に、さんは変なの、と思った。


まぁ予想どおりの展開と言えよう。黒魔術の本はともかくとして。



結局怪我をして正反対の対応を受けた2人の少女達だが
対比はあともうちょっとだけ続く。


さんの場合』

医務室での手当てを終えたさんは千石氏に連れられて
コートに戻っているところだった。

ちゃん、大丈夫?」
「はい、本当にすみません。」
「いいよ、いいよ。今日はこれ以上続けられないしねー。」

事実その通りで、捻ったかもしんないさんの足はまだ痛んでいる。

「何ですぐこうなっちゃうかなぁ。」

痛いし恥ずかしいしでさんは小さく嘆く。

「ハイハイ、嘆かない嘆かない。誰だっていきなり調子悪くなる時あるんだから、
 大丈夫だよ。俺が中学の頃試合した相手なんか途中で足が痙攣起こしちゃってたよ。
 あれは大変そうだったなぁ、あ、ちなみにうちで今サブコーチやってんだけどね。」

千石氏に慰められてさんは一応落ち着いた。
それにしたって決まり悪いのには変わりないのだが。

ちゃん、」

やっぱりちょっと落ち込み気味のさんに千石氏が更に言葉を重ねる。

「俺は全然迷惑だなんて思ってないよ。」

その言葉はさんに結構な効果をもたらした。

「あ、有難うございます。」

ちょっと元気になったさんに千石氏はご満足のようだ。よし、と1人頷いている。

「じゃ、荷物取りに行こっか。神尾クンも心配してるだろうし。」
「はい。」
「それにしてもちゃん。」
「何ですか。」
「さっき言ってた黒魔術の本って本当に…」
「私のです。」

さんがキッパリハッキリ答えたもんだから千石氏はガックリした。

「コーチ、大丈夫ですか。」

さんは何故千石氏が額に汗を浮かべて苦笑いを
浮かべているのか本当にわかっていなかった。


さんの場合』

跡部氏に乱暴な消毒を食らったさんは半べそで
傷に絆創膏を貼ってもらってるところだった。

「いつまで泣いてやがる、いい加減にしろ。ウゼーんだよ。」

ウザイも何もアンタがひどいんやないか。

ここまで来るとさんは最早開き直るしかない。
ぶぅと膨れっ面をしてあからさまにそっぽを向く。
気づいた跡部氏がてめぇ、と呟くがさんはここで頭をはたかれようが
向こうずねを蹴られようが別にええわなんぞと考えていた。
しかし、

「ハア。」

後ろで跡部氏のため息は聞こえたが平手もなければ蹴りもない。
おそるおそる振り返ってみればやっぱり不機嫌そうな跡部氏の顔がある。
さんはてっきり何か怒鳴られるかと思ったが、
跡部氏は何故かズボンのポケットをゴソゴソしている。

「これやるから膨れんな。」

ポケットから取り出されたのは棒付キャンディーだ。
さんはキョトンとした。そらそーである。
天下の跡部氏のポケットからそんなもんが出てきたら
何を持っとんねん、と誰だって思うだろう。
しかも出てきたキャンディーは苺ミルク味だった。更にちぐはぐさを加えている。

キャンディーを受け取りながらさんは何でこんなもん、と首を傾げていたが、

「!!」

ふいに気がついてしまった。

「餌付けかっ!」

思わずガタッと立ち上がってさんは声をあげた。
いつの間にやら跡部氏はまたいつもの意地の悪い笑いを浮かべている。

「バーカ、今頃気づいたのか。」

こ、この!
さんとしては黙っていられない。

「何でっ、いつもっ、そんな言われようっ、されなアカンのっ。」
手懐(てなず)けるんならそれが一番手っ取り早いんでな。」
「人を小動物かなんかみたいに!」
「あんだ、違ったのか。」

とうとう来るところまで来ちゃったさんが激しく文句を言おうとした丁度そこへ
ドアがガラッと開いた。
医務室のスタッフが戻ってきたのである。
さんは大慌てで椅子に座りなおした。
跡部氏は素早くまださんの手当てをしている振りをする。
それを見たスタッフのおねーさんは自分が居ない間に怪我人がいたもんだから
しきりに不在をわびていて大変に申し訳なさそうだ。
さんは先の跡部氏のスタッフに対する苦言を思い出して
さては文句を言うのかな、と思った。
ところが相手に対して跡部氏はニッコリ爽やかに笑ってこう返したのである。

「いや、大丈夫です。すいません、こちらこそ勝手をして。」

この時のさんの心内文はこうだった。

誰やねん、お前。

ついさっき不在のスタッフについて舌打ちした挙句『役に立たない』という発言をしたのは
一体どこの誰なのか。
相手がなかなか綺麗な女の人だからかどうかは勿論さんにはわからないが、
よくもまぁこれだけ猫を被ってられるものだと思う。

一方のスタッフのおねーさんの方は跡部氏の態度に何の疑問も抱いてないのか
普通に笑って対応している。どころかちょっとだけ顔が赤い。
さんは跡部氏のこの凄すぎる変わり身に戦慄した。

(こわ)!この俺様コーチ、マジで怖!

しかしふとした瞬間に目が合った跡部氏の視線は

『いらねぇこと言ったらブッ殺す』

と、明らかに語っていたのだった。


で、その後どうしたかというとさんは千石氏に言われて早々に家に帰り、
さんは跡部氏に引きずられながらコートに戻ってレッスンの続きをした。
ただ、さんは荷物をまとめるまでに千石氏の『本当に大丈夫か』攻撃を
やたら受けて困っていたし、ついでに仕事仲間の阿呆な振る舞いに
神尾氏も困っていた。
さんは跡部氏から荒療治を受けた上に容赦なくしごかれたので
忍足氏に慰めてもらうという情けない状態になった。

そしてこの日の夜、さんとさんは電話で話をしていた。

ー、足やられたって聞いたけど大丈夫?」
「うん、何とか。は?」
「私も転んでもてかくかくしかじか…ちゅー訳でえらい目に()うた訳よ。
 何で怪我してまでこないなことにならなアカンねん!」
「やっぱりあの本貸そうか?何なら私が試してあげても…。」
「いらーん!」
「遠慮しなくてもいいのに。」

一方、コーチ達の方はというと…

「あー、の嬢ちゃん可哀想やったなー。何があったんか知らんけど
 医務室から戻ってきてからもえっらいしごかれて。
 やっぱり俺がついてったったらよかった…」
「跡部さんがまた何かやったんスか。アンタもよくよくツイてないっスね。」
「忍足、神尾、てめぇら全部聞こえてっぞ!」
「まぁまぁ跡部クン落ち着いて。イライラしたらラッキーが逃げるよ〜。
 あ、ラッキーと言えば俺ね、今日はちゃんと医務室でさぁ…」
「早めにあの世逝き希望か、テメェ。」

何だかんだでいつものパターンだった。

To be continued.


作者の後書き(戯言とも言う)

久々更新、4年近くネタを暖めておきながら長いこと書けずにいたものの1つです。
矛盾点でちょっとやりすぎた、かな。
黒魔術の本は例によって友人のアイディアです。
彼女には毎度このシリーズのことで世話になりっぱなしで、感謝であります。

さて、原作がそろそろ終わりそうな今日この頃、
このシリーズもやっとのことでそろそろ終わりを迎える予定です。
読んで下さっている方々には最後までお付き合い頂ければと思っております。

2007/05/08

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